【臨床三年未満向け?】そもそも古典ってなんなのですか?

友人に連れて行って貰ったメイド喫茶で、どうせ頭弱い子がやってるだろうとタカをくくって、マルクス経済学でも教えてやるかと思っていたら、予想以上に博学でトマピケティの素晴らしさを説かれて帰って来た、どうもマスターヘリックです

とりあえず今回もお便り来てるんで、読んで行きたいと思いまーす。

▼(編集部注:こっから前振り入ります) ▼
ペンネーム
『エゴラッピンの「異邦人」とか、一青窈の「他人の二人」とか高度成長期のカバー曲が好きです』さん
あっ、違ったこれP.Sだった
 
改めましてペンネーム
「鍼灸師になったコウノトリさん」から頂きました。
「ヘリックさんこんにちは!」
はい、こンチャっす!
「毎回楽しくは見てないけど、どういう反応が返ってくるのか見たくてメールしました。」
おうおう、そういう捻くれた物言いでも、連絡くれただけで大満足だぜ!
「鍼灸って、よく古典なんかやってると偉いみたいな風潮があると思うんですけど何なんですかね? 古典やってるとそんなに偉いんですか?そもそも古典ってなんなのですか?教えてよヘリック、っていうかこのスタンスで来たらどうするのヘリック!ねぇ、ヘリック、ヘリック!」
 
っと言うね。 
胸に「グッファッ!」
って響きわたる様な鋭い質問を頂いたん訳ですけど
つうか、ただでさえ振りがおかしいと思ったけど、このテーマで俺に答えろってか!?マジ無茶振りじゃね?!!!っと言いつつも、ちゃんと、このヘリック様、御自慢の「灰色の脳細胞(3グラム)!」で調べてきてやったぜ、Yeah!  
▼(編集部注:ここから本題に入ります)▼
どっかで見たんだけど、とりあえず黄帝内経の素問・霊枢辺りの時代の鍼は今の所5番からしか見つかってないらしくそれを踏まえて考えると少なくとも、今で言う0番鍼辺りは素問・霊枢では多分想定してないわけだ。  
故に教科書に載ってるような基本的な鍼術っていうのは素問霊枢を元にしていると考えれば五番鍼という事になるし、鍼の精度も精製具合を調べる超音波検査機も無ければ刃先を拡大できる顕微鏡もない時代の手法をそのまま受け継いでいるかと言われれば、そうとも限らないと思うんだ。
鍼の細さが管鍼法出来た江戸時代で、あって2番、3番とかじゃないかと勝手に思ってる、そして当時は0番以下はとりあえず想定外と考えてる。
しかも2016年のに出された「鍼灸大成完訳」とかいう本には昔の鍼は消毒していなかったと書いてある。

ハイ、グーグルで検索して、試し読みがありました!
東洋医学古典 完訳 鍼灸大成 – 楊 継洲 – Google ブックス
(編集部より:こちらでもサンプルを見ることができました。
完訳 鍼灸大成【電子版】 | 医書.jp

故に禁鍼穴があり、手五里、合谷辺りも感染症の心配から敬遠されてた節がある的な事も書いてあった。

まぁこの完訳本の古典の内容を直訳的に解釈すると、灸頭鍼はヤブ鍼灸の代名詞みたいなニュアンスになってしまうんだけど(いや実際、治療効果出るからね?)、確かに今の滅菌法に比べられれば、リスクは上がると思うし、灸の方もなんか巻物とかに残ってるのは荒々しいのばっかだし、「灸を据える」の意味が懲罰的なニュアンスが強いのもそのせいだと思う。

だけど、古典を全否定かって言われると、そうとは思わないんだ。今はこうやって不特定多数に見られる、ネット上に記事書くのなんか当たり前にできるけど、昭和って時代にはそれはテレビや新聞とかマスメディアというか情報発信が少数の人に集約してたし、じゃあ古典の時代はどうなんだ?って言われると、そもそも紙とかの多少長持ちする媒体に残すのにだって、すごいお金と労力を費やしたと思う。

そんな所に無意味な情報を積極的に残していたって考え方は、個人的にナンセンスだと思うから、やっぱりなんかしらの意図があって残していったものだよね。

今みたいに言語も多様ではないかも知れないし、その中でどうこうやってなんとか、後世に伝えていこうとしていた部分が多いんじゃないかな、って思うんだ。
 
「何を残そうとしてたんだろう?」
って考える機会になっても良いと思う。
 
まぁ、あとはハリックとかが他の人のYouTubeを見ろ見ろって言ってるのをよくよく考えて欲しいんだ。今は情報が取りやすい時代。そこから鑑みて古典との共通性を探って見ても良いかもしれないね。

まぁ、鍼灸業界において、ある種アンタッチャブルな質問だから、上手く逃げるために真面目になりすぎて今読み返して、ヘリック的にNOーーー!って感じになってるけど今日所はここら辺で許してチョーっだい!
寒邪が溜まりやすい時期っぽいからセルフケア上手くやれよー!
 
そんじゃねバイバイッ!